読書随筆 雑誌『たたみかた創刊号・福島特集』

(本文はいわゆる書評ではなく、当誌を読み進めるなかで思考したものごとを自身に引き寄せて記しただけの文章です。)

 梅雨晴れしたある6月の休日の朝、茨城の県北けんぽく地域に住むぼくは常磐線いわき発鎌倉行きの臨時急行『ぶらり横浜・鎌倉号』に乗り込み神奈川へと向かっていた。鎌倉は半年ほど前までの居住地。つまりぼくにとっては里帰りのようなものなのだけれど、この列車の大半の乗客(おそらくはぼく以外の全員)の乗車目的は鎌倉の紫陽花や横浜の散策をメインとした行楽だろう。

使用されるのは常磐線特急での定期運用を引退した旧スーパーひたち・651系。6月の快晴。

 満員御礼の車内はいわきや茨城沿岸部からの乗客で賑わっており、朝の7時台にもかかわらずそこかしこで缶ビールを開栓する音が響く。誘惑にかられて3分の停車時間がある水戸駅では思わず売店へ駆け込みそうになったけれど、ぼくは何とか耐え忍んでみた。いいよね朝ビール。そして鞄から取り出した一冊の雑誌を開いてみる。

たたみかた』。鎌倉の南隣・逗子の夫婦出版社アタシ社が出す社会文芸誌、その創刊号である今号の主題は「福島特集」。表紙に銘打たれたそのタイトルの下には小さく「ほんとうは、ずっと気になってました。」と書かれている。

30代のための新しい社会文芸誌、とも。

 アタシ社の三根ご夫妻は出版にとどまらず地域でさまざまな活動をされていて、ぼくはお二人がフードコーディネーターの佐藤裕加さんとともに鎌倉で行っていた食イベント『マージナルキッチン』へよくお邪魔していた。「本とシチュー」「鎌倉カレーナイト」「パクチーナイト」「鴨ナイト」「A5ランク牛肉ナイト」などなど、おいしく楽しかったなぁ。

 つまりそもそも胃袋をつかまされていた信頼と実績とがあったので、このお二人による出版社が、とてもとても語ることの難しくなってしまった「福島について」を創刊の主題として設定した書物を、しかも今のタイミングにつくったことに大きな興味をもっていた。というより創刊の一報を目にしたとき本当に単純に「すごい」と心の底から愕然とした。
 もちろん実際の中身が何かしらの極端な偏りのあるものであったらどうしようという心配は皆無ではなかったけれど(それこそがこの主題を語りにくくさせてしまったものの本質だから)、三根かよこ編集長の書く二つの序文を読んでそれがまったくの杞憂であることにすぐ安堵できた。

 頁を進める。するとまず福島ではなく、福島と東京とをつなぐ常磐線や東北本線の旧始発駅、上野をめぐる小松理虔氏の物語から本誌ははじまる。(そう、この雑誌はコラムやインタビューなどから構成されているのだけれど、いわゆる明快な批評誌やオピニオン誌ではない。福島のことも原発事故や復興政策について直接的に多くが論じられているわけではない。震災を通じて寄稿者個々人が思考しあるいは実践した、自らを自らたらしめる「人間としての軸」にまつわる物語集のようになっている。)

 ぼくは東京西部、いわゆる都下のしかも外れの出身なので「東の上野」は本来は馴染みを持ちにくい場所。けれども父親が新潟の出身だったので、ぼくは少年時代に毎夏の帰省で上野駅(当時の東北・上越新幹線の始発駅でもあった)のごった返す人々の蒸した空気のなか、錯綜する郷愁の記憶を擬似体験することができていた。
 だから朝ドラ『ひよっこ』(茨城県北が舞台だ)や映画『ALWAYS 三丁目の夕日』などの映像作品に往時の上野駅が登場するのを見れば無条件で感傷に誘われるし、上野東京ラインが開通し常磐線特急の多くが品川発着となった現在でもいくつか残る上野・地平ホーム発の列車へ乗るときには、無論かりそめの当事者ではあることは承知しつつやはりどうしても気分が高揚してしまう。

 いわきの小名浜で生まれ育った小松氏にとって、上野は文字通り鉄道によって通じられた福島と東京との結節点であったのだけれど、ぼくにとって当地は写真によってウクライナのチェルノブイリとつながれた場所でもある。
 それは朝ドラ『あまちゃん』の上京シーンでも使用された写真集『上野駅の幕間』を撮影した本橋成一氏の存在によるもの。氏はチェルノブイリ原子力発電所事故を題材にしたドキュメンタリー映画『ナージャの村』(1998)、『アレクセイの泉』(2002)の監督もしている。

 一昨年の秋、ぼくは旅行でチェルノブイリを訪れた。そこで見たものはほんとうに儚く、そしてあまりにも美しい光景たちだった。旅の仲間と写真小冊子をつくったりもしたけれど、そこで見たものと、そして2011年のあとの歴史を生きる自身とについて、まだ何かしらの形できちんと総括できたものにはできていない。
 それは小松氏に続いて当誌に登場する石戸諭氏が述べるように、ぼくもずっと「言葉を探している」。

 もちろん、東日本大震災のように大きな社会事象を同時代に経験したとして、それと馬鹿正直に向き合い何かを語ったり言葉を紡いだりすることはそもそも必要なのだろうか、あるいは正しい行為なのだろうか、という根源的な問いは存在する。そしてそれはもしかしたら必要ではないのかもしれない。語らず忘れることこそが「正解」なのかもしれない。
 けれども実際の現実はそれとは真逆の方向へ、しかもいささかの極端さをもって進んでいってしまっている。それぞれの正しさがそれぞれの口によって声高に主張され、どこかの誰かが傷つけられ続けるだけの世界になってしまっている。それもまた人の世のなるべくしてなった在り方なのかもしれないけれど、やはりそれはとてつもなく悲しく息苦しい世界のようにも感じる。

2015年秋、まだ通称「新石棺」に覆われる前のチェルノブイリ原子力発電所4号機の作業現場

 石戸氏と三根編集長との対話は、ことばと物語のもつ可能性について漫画/映画『この世界の片隅に』について触れながら結ばれている。自身も当作品には大きな感銘と刺激を受けつつ、同時にあのような物語はぼくたちの周りにもっとありふれているべきだったものとも強く感じている。

 きわめて私的な話になってしまうのだけれど、チェルノブイリを訪れたのと同じ2015年の秋に、母方の祖父が90歳でその生涯を終えた。大正14年の生まれで20歳のときに神風特攻隊の隊員となった彼は、鹿児島の飛行場でもうまもなくの出撃を待ちながら終戦の日を迎えた。
 饒舌な祖父は戦時中の体験を比較的に多く話す人だったのだけれど、そのほとんどは訓練時代の武勇伝や徴兵前の学生生活についてで(もちろんそれそのものはとても興味深く貴重な話だ)、そのときの日々の暮らしのなかで何を考え、どのような心持ちで戦争というものと向き合っていたのかを語ってくれることはついになかった。

 それは祖父だけでなく子供時代に連れられお会いした特攻隊同期の方たちも同じ。あるいは横浜の自宅を空襲で焼かれた祖母も。みな戦争の悲惨さについては述べるけれども、それ以上のことは決して話さない。訊ねても口を濁す。だから伝わらない。わからないんだ。少なくともぼくはそう感じていたし、あの時代を直に経験していない人々の多く(たとえばぼくの親)も一緒であるように思えた。
 そしてごく個人的には、祖父の「語ること」に対する立ち位置は、日常の家族生活においても同様だった。その気質は彼らの子であるぼくの親たちにも受け継がれており、おそらくはぼくもそうなってしまっているのだろう。

ぼくが暮らす茨城県北にある北茨城市二ツ島。植生のほとんどは北の漁師町とともに津波で流されてしまった。北と南とを原発に、東西を岡倉天心らの愛した美しい海岸と阿武隈の山里とに囲まれた境界の地・常磐で、何かを考えながら生きていきたい。

 ぼくは『たたみかた』が主要読者と想定している30代。もう若者ではないけれど、できればまだあと50年は元気に生きつづけていきたいと思っている。と同時に身のまわりで不慮の事故や病気で亡くなったり、あるいは自ら生きることをやめてしまった近しい人たちはこの20年ほど後を絶たない。親だってもう歳だ。人生のたたみかた即ち「方向性」を明確に意識せざるを得ない。

 ぼくは100年後、あるいは200年後に、「やっぱりあの時代に生きていたやつらは何も語らなかったんだな。残さなかったんだな」と言われたくないと思っている。美味しいものを食べて、たくさん寝て、心やすらぐ人たちとの楽しい時間を大切にしたいというごくありふれた欲求と同じくらいに。

 それは社会的使命などという大上段な志ではない。単純に自分への、あるいは自分が存在するという事実そのものへの興味からだ。先の戦争が終わるのがあと数日でも遅ければ、ぼくは今の形でこの世界に生を受けることはなかった。つまり社会事象が自己の存在の要素の一部を規定している。幼少期にも何度か死んでいるはずの事故に遭っているけれど、なぜだか生き延びることができている。

『発露として外から見えなければ、「ない」のと同じ』三根編集長の前文にある一節。
 だからぼくも、ぼくとぼくの未来の子や孫たちのために、形ある何かを残していきたいと思う。世界にあるものは絶望だけでない、たとえささやかでも未来を豊かにするためのなにがしかを。口だけで椅子を尻で磨く男に終わってしまうのかもしれないけれど、そうならないようにあがいて生きていきたい。

 本誌は最後に、これまでの雑誌で見たことのないような台割の最終章で締めくくられる。そこまで読み進めたとき「そうくるの?」と本当にびっくりして、それこそ月並みな言葉だけれどぼくは心から感動してしまった。ああ、これは社会文芸誌ではあるけれど、たしかに「あなたと私の物語」の本であるのだなと強く感じた。

『たたみかた』のこれからをとても楽しみにしています。大きな刺激を与えてもらう読書体験に心より感謝しながら。

(下の映像は先日に参加したいわきでのイベントです。)